「苦あれば苦あり」 これから「楽あれば楽あり」で生きていく
富士山をゆっくり眺めたくて
箱根の金時山に登った
登り始める前からの富士山の眺望に
テンションが上がる

上がったテンションのまま
足の向くまま思い込みで進んでしまうと
登山口を通り過ぎていた
引き返して見つけた道標と登山口は
分かりやすかったから余計に
一瞬で気が引き締まる
慎重さに欠けた行動を
反省しながら登山道に入る
「人生山あり谷あり」で面白い
小さな一歩が始まった
この小さな一歩が
積み重なって頂上に立つことの
感動を改めて思う
登山道は変化に富んでいた
登りがあれば下りもある
下りがあればその先に
間違いなく
登りが待っていて面白い

「人生山あり谷あり」
とか頭に浮かんできているけど
山と谷
どっちを良し悪しで例えているのか
そもそも良し悪しじゃないのか
どっちも大変ってことなのか
どっちも素晴らしいってことなのか
いろいろあるよってことなのか
どっちでも淡々と歩けってことなのか
状況でとらえかたも変わる
今の私の状況は
「人生山あり谷あり」で面白い
「苦あれば苦あり」のままだった
「楽あれば苦あり」
「苦あれば楽あり」
とか
私が
楽から苦になった分岐点は結婚で
苦から楽になった分岐点は最近で
強いて言うなら奴の不倫で…
とか
山歩きを人生に例えている自分を
ベタ過ぎて鼻先で笑いながら
例えた自分の人生を考えると
「苦あれば楽あり」は
励ましのようで酷いことわざ
のような気がしてきた
奴のような奴が結婚相手なら
「苦あれば楽あり」と頑張っても
「苦あれば苦あり」のままだ
モラハラの環境では
頑張りは利用されこそすれ
報われることはない
ずっと
「苦あれば苦あり」だった
「楽あれば楽あり」で生きていく
それに気づいたから
私はこれから
「楽あれば楽あり」で生きていく

気づけたから…余裕で出来る…
そんな気がしながら

歩きやすい尾根を歩いている
憧れていた尾根歩きだ
マメザクラにアセビ
クサボケにキジムシロにオトメスミレ
いろんな種類のスミレが咲いている

ただ咲いている
だけどしっかりと花をつけて
揺れている

山の風雨にさらされて咲く
可憐に揺れる花たちの強さに
癒されながらの
憧れていた尾根歩きは
いつまでも続かないことは
簡単に予測がつくけど
爽快な気分を心ゆくまで味わえば

目の前に現れた
危険なクサリ場すら面白く
一歩づつ頂上を
無心で目指すことができた
おじいちゃんの写真を持って登ってきたお兄さん
頂上の崖の端っこで
若いお兄さんが腰を下ろして
遠くの景色を眺めている
随分長いことそこにいる
私はゆっくりお昼を食べ終え
その崖の上に向かい
お兄さんの近くに座った
空いている場所に座っただけで
それに意味はない

富士山を眺めたくて登ったけど
富士山はすっぽり雲の中
登山口あたりで眺めた富士山に
心洗われたから良しとして

箱根外輪山
南の神山と噴煙を上げている大涌谷
芦ノ湖と仙石原を一望しながら
次は東の明神ヶ岳の稜線を
西の富士山を正面にして歩いてみたい

広がる景色を
ぼーと眺めながら考えていたら
「写真お願いできますか?」と後ろのお兄さん
「いいですよ」と私
広がる景色が
バックになるように移動したお兄さん
「立たないの?」と私
「いや、こわいからいいです」と
しゃがんだままのお兄さんが可愛かった
スマホの画面越しに見ると
お兄さんの手には
写真が握られていた
一瞬で
胸がギュッと締め付けられる
「僕のおじいちゃんです」
「良く登っていたの?」
「いえ、学生の頃で…
誘われたけど部活が忙しくて…」
「そっか・・・」
アングルを変え何枚も撮った
おじいちゃんとの
いい写真を撮ってあげたかった
私にできることはそれだけだ
撮り終えると
「撮りましょうか?」とお兄さん
「お願いします」と私

眼下に広がる景色をバックに
立ち上がって手を上げた写真を
撮ってもらった
「俺も立ったほうがいいのかな」
お兄さんが意を決したような
独り言を言うから
「撮るよ」と笑いながら
お兄さんのスマホを再び受け取る
お兄さんは
眼下に広がる景色をバックに
立ち上がった
そして手を上げた
私は
立ち上がったお兄さんの写真を
アングルを変え数枚撮った

「そこは危ないから
俺の座っていた場所のほうが安全だから
移動してください」
座っている分には
危険な場所じゃない
だから
笑いながら断った
「いや、危ないから移動してください」
私が移動したのを確認すると
お兄さんは崖を降りていった

体力も脚筋力もない私は
低い段差を選んで小さな歩幅で
一歩また一歩と無心で登ってきた
お兄さんもまた
無心で登ってきたのかも知れない
そしてここで

おじいちゃんが眺めたであろう景色を
長いこと眺めていた
そしてまた無心で下っていく
お兄さんとおじいちゃんの
胸の内と人柄に思いをはせながら
私もその景色を心ゆくまで眺めた
私が
富士山が見えなくて残念な気持ちより
温かさで満たされているのは
おじいちゃんの写真を持って
この山に登ってきた
あのお兄さんのおかげだなと思う
「一期一会」というのだろう
今日
この山に登って良かったなと思う

良い一日ともうひとつの一日
奴は今日
朝から風俗に遊びに行ったはずだ
ここに来なかったら
そんな最低な奴を
心で罵って
完全無視も出来ない自分に
うんざりしている
そんな一日に
間違いなくなっていた
そして
青い空を見上げて
山に登れば良かったと
後悔している
間違いなく
そうなっていたはずの
そんな一日が
良い一日になって良かったなと
山を見上げて
そう思う
