泣きたいときは思いっきり泣くほうがいい

日々のこと,脱モラハラ浄化作用,

枯れた涙

何も生まれない。
何も始まらない。
何も解決しない。

一人で流す涙は、
苦しいだけで、悔しいだけで、
辛いだけ。

だから泣かない。

そのうち

涙は枯れ、

それでもときどき
張り裂けそうになる。

〝楽″ にしようにも
枯れた涙はもう出ない。

私は何十年と泣いていなかった。

操り人形

冷淡な言葉の裏の
見えない希望を見ていた。

見えない優しさを見て、
見えない思いやりを見た。

混乱していく。

恐怖に支配されていく。

受け入れられない現実、
無慈悲な夫の目。

理解できないことは目をつぶる。
そして忘れる。

夫を容認する。

だって夫は、きっと良い人だから。



個人であることを捨てた
〝無″ の私は、
夫の意のままに動く。

言葉は要らない。

もう私は夫だから。

消えた〝自分″

そんなふうに生きてきた。

調和を保とうと働き掛ければ
罵倒され否定される関係。

適応できない環境の中、
自分を守る手段は

〝無″ になること。

何も感じず、何も考えず、何も望まず。

感情を抑圧し、
そして順応していく。



いつのまにか
抑圧した自分が消えたことも
気づかないままに
随分と月日は経っている。

きっと少しづつ薄れて、
無意識の奥の方に
溶けていったのかも知れない。

今さら
身体の真ん中に開いた
大きな穴を見ることはしない。

今さら・・・だ。

自分の中に〝自分″ が居ない。

きっと、明日も、これからもずっと
〝自分″ は存在していない。

〝自分″ が何なのか、
何だったのか、
が、分からない。

〝自分″ を思い出せない。




すべてを諦めて
夫の人生を生きてきたから、

だから
これからも
ここで生きるしかできない。

狭くて丸い空を見上げて
笑っていればいい。

過去の前で泣くということ

笑うことはあって、泣くことはない。
喜と楽があって、怒と哀がない。

強いてきた不自然な反応、
夫に都合の良い反応、
それが自然になるほど

嬉しさも悲しみも
楽しみも怒りも生まれなくなった。

感情が生まれない。

笑うほど
心が無表情になる。




その私が今、

ここで泣いている。

過去の前で泣いている。

涙は

我慢するものじゃないと
体で知ったから。

泣くことで

無意識の領域のいちばん奥のほう、
忘れ去られていた〝自分″ が
開放され、

絶望の中で光が見えたから。

だから

前を向くために
振り返り、
心から笑うために
泣いている。

過去の自分に共感して、
そして、
よく頑張ったと
褒めてあげようと思う。

過去の前で何度も泣こうと思う。



これからも
モラハラ夫の前で
泣くことは無いけど、

それでも
一人のときは
自分のために泣こうと思う。

そして、心から笑おうと思う。

感情を楽しもうと思う。

心の浄化作用

問題は解決しなくても

悲しいとき悔しいときには、
思いっきり涙を流すほうがいい。

ストレス物質が含まれている
感情の涙は、
溜め込むより排出したほうがいい。

体内のバランスを正す、
健康のための排泄。

笑うこと、それ以上に
心の浄化作用があるという。

そして
苦痛を和らげる物質も含まれているという。

泣くことは
癒しの基本かも知れない。

笑いたいときは思いっきり笑う。
泣きたいときは思いっきり泣く。

超シンプルなリセット方法。




泣いて笑って、
夢中になることがあって、ぐっすり眠る。

私の理想は
そんな奇跡のような日常。


キキ
キキ
簡単に手に入りそうで、なかなかね(笑)
ルル
ルル
人生の先輩たちが涙もろいのって、ずっと泣くことをこらえてきたんだろうなって思うわ。で、また泣けるし…(笑)
キキ
キキ
共感は最大のカタルシス(笑)
ルル
ルル
どういういこと?
キキ
キキ
そういうこと(笑)自分の体験や記憶に重ねて、抑えてた感情を出してスッキリすることね、心の浄化!癒し!