家庭内別居、心の距離を偽らないでいい幸せ

日々のこと,脱モラハラ家庭内別居

一年前の今ごろ、
体重が38kgを下回った私を心配し、
娘はここから仕事に通っていた。

子どもたちに心配と迷惑をかけていたころ。

それぞれの胸を痛めていたころ。

そして私が
モラハラという言葉を知ったころ。

被害者と加害者がいると知ったころ。

泣くことも知らず、
誰かのせいにする思考もなく、
〝楽″ になる答えが見つからなくて、

どん底で、もがいていたころ。


夫は彼女のことで頭がいっぱい
幸せいっぱいのころ(笑)


一年も経つと状況は変わる。

心の距離を偽らないでいい

服従する妻に価値があり、
強制した愛情と感謝と称賛で、
自分を満たすモラハラ夫。

君臨する夫に
心も身体も蝕まれながら
普通の家族を作ろうとした
私の着地点は、

今。ここ。

同じ屋根の下、
誰よりも遠い、心の距離を
偽らないでいいのが
嬉しいと思う。


幸せな家庭内別居。




考えも価値観も人それぞれ、
夫婦の形も色々でいい。

色あせ、忘れていた、私の色、

二度と
私は私の色を忘れない。

二度と
私は私の都合を忘れない。

二度と
私はあなたにはならない。

あなたはあなたで。

私は私で。

ルル
ルル
心が通い合ったことがない、というね…😭
キキ
キキ
共感力が欠如している人間はいる、ということ。ネズミにもある共感力がね。

ステージが変わった家庭内別居

コロナ禍で緊急事態宣言後も夜カラに行く。だから同じテーブルで食事をすることを止めた。同じ空間を共有しない。理由があるから堂々と物理的に距離をとった。

夫はテレビを観ながら食事をする。
私は台所で食事を摂る。

夫は「頂きます」と「ご馳走様」を言うから
私は「はい」と穏やかに返事をする。

それだけ。

行ってきますとか、
ただいまとか、おやすみとか、
要らない挨拶が自然となくなった。

ウォーキングを始めた時、「歩いてきます」と声をかけたけど何の返事もない。4日目からは黙ってウォーキングに出るようになり、

今では自然にそれが出来るのも嬉しい。

〝歩く″ という自分だけの趣味、気持ちの中の遠慮はもうない。

家庭内別居のステージが、少しだけ上がったように思う。

負けるが勝ち

4月を最後にコロナ禍デートがなくなり、
5月は夜の店の営業自粛やらで家にいる。休みに彼女たちへの差し入れは怠らない。

ずっとリビングでテレビを観て過ごし、私が台所で聞くyou tubeがうるさいと怒鳴る。自分の部屋で聞けと怒鳴る。完全にコロナ八つ当たり。

私はというと、怒鳴られたことを幸いに、堂々と自分の部屋に引きこもる。本を読んだり、音楽を聞いたり、夫の目を気にすることなく過ごす。

そして何より、
夫が視界に入らない快適さ。

負けるが勝ちとはこのこと。

私の都合でいい、ブレない気持ち

平然と話しかけてくるふてぶてしさや、彼女たちへの差し入れのおこぼれを、私に施そうとする厚かましさや、自分だけのリビングのように居座る図々しさに、イラつくのは割に合わない。

うわべだけを見たら私が悪者だ。

だから、
どこかで一瞬、ほんとに一瞬、
ブレそうになる。

私が悪い?と、錯覚する。
勝手に角を立てているのは私?
そんなふうに錯覚してしまう。

穏やかな夫にイラつく妻の構図、

そのテクニックに惑わされる。が、

夫は夫の都合で動いているだけ。
外でも家でも〝俺が楽しければそれでいい″
それだけだ。何十年と変わらない。

だから、私は私の都合でいい。

自分軸でいい。悪者で上等じゃん。

スッーと息を吸って、背筋を伸ばして、息を吐く。





コロナ禍の緊急事態解除後、
6月は夜の店が営業を始める、夫も動き出す。
7月七夕に、彼女の都合のいい連絡が入り、それを受け入れる夫の都合。

やっぱりねって、
私は私の都合で正解ねって思う。

ブレない夫に、ブレそうになる私、
面白いと思う。

キキ
キキ
見習う価値あり、だよ。
ルル
ルル
見習うけど見習えない!(笑)