喜怒哀楽の感情が嬉しい

日々のこと,脱モラハラ喜怒哀楽

自分不在の過去を再認識するとき

些細なことだけど・・・
実感している私の中の大きな変化の一つ。

テレビ番組を観て吹き出して笑ったり、
ニュースに感動して涙したり、
感情が自然に表に出ている。

普通の人には普通のことなんだろうけど、
それって、
モラ夫との日常の中では忘れ去られていたこと。
人の自然な反応の感情、
それを押し殺すのが普通だったから。

だから笑ったり泣いたり、そんな自分が新鮮で、

あぁ私、テレビを観て笑えるんだあ、とか
あぁ私、こんな些細なことで泣くんだあ、とか

自然にわく感情を噛みしめている。

あぁ私、涙が出るんだあ、とか。

いちいち、そこにも感動する。

どんなに悲しくて泣いていても
涙を流すことはなかったし、

流したくても流れなかった・・・

だから

何十年も自分不在で生きたんだなあって再認識してしまう。

ルル
ルル
流れる涙とか、ほんと新鮮で😭
キキ
キキ
泣きたい時に泣く!抗ストレス作用あり!

他人の感情をコントロールするモラ夫

もちろん今までもモラ夫との日常で、
一緒に楽しんだり笑ったりしていた。

喜怒哀楽で言うと
喜びと楽しみは表現して良し。というか…強制。

愛とか尊敬とか感謝とか幸せとか・・・全て強制。

強制するものじゃない、
ということをきっと夫は知らない。

喜怒哀楽の
怒りと哀しみは感じることすら悪だった。

辛さとか、悲しさとか、空しさとか、
不満も、後悔も、絶望も、悩むことも。

夫を憎んだり恨んだり軽蔑したりの感情はもってのほか。

負の感情がわく
=愛と尊敬と感謝と幸せを感じていない。
ということで、夫はいら立つ。

それでも自然に湧いてくる負の感情、

マイナスが大きくなる前に、
プラスに持っていこうとする。
問題解決しようとする。
一人じゃない、相手があることだから、
話し合おうとする。何度も何度も・・・

けど、一度たりとも、一瞬たりとも、
夫と通じ合うことはなかった。

皆無・・・😱

「お前の悩みは、お前の我がまま。」
「お前の不満は、お前が異常だから。」

話し終わらないうちに、というより
本題も話せないうちに、罵られて終了。

蹴落とされ一段と大きくなる負の感情、
何も生み出されない、何も始まらないから、
大事に抱えて生きるほど辛いことはない。

だから無理やり忘れていく。
次から次へと忘れていく。
良い夫の側面だけを見る。

モラハラ夫からしたら
話合いとか、心を通い合わせるとか、
何のメリットもないし、
必要性もなかったってことだろう。

愛とか尊敬とか幸せとか感謝とか、
手に入れるために努力するのは普通の人。

モラハラ夫は普通の人じゃない…今さらだけど😅

〝俺は稼いでいる″ という揺るぎない事実がある。
ただそれだけの理由で堂々と
罪悪感も感じず、恐怖で支配し、
他人の感情すらコントロールしようとする人。

そして感情の無いモノのような私は、
罵声を浴びせられた直後ですら、
何事もなかったかのように、
穏やかな、いつもの表情でいることが必須。

そんな夫婦関係で、
心から楽しめるはずがない。
楽しそうに笑うけど、心の中を風が走りぬける。

私の自然な喜怒哀楽は、いつしか薄くなり、

そのうち〝無″ になり、

モラ夫に都合の良い反応を用意するようになった。

無表情の幸せ

だから今、
笑ったり泣いたり、喜んだり怒ったり、
自然と湧く感情が嬉しいと思う。

隠すことも飾ることもない、
ましてや否定などない、
普通の感情を
普通に感じていられることが嬉しい。

もちろん、
モラ夫在宅中は無表情が基本。
そしてそれは、
私にとっては容易いこと。

強いられたことじゃないし、
そうしたいからそうするだけ。
そして、
それができる幸せを分かっている。

あなたが大っ嫌い!をおくびにも出せず、
負の感情を外に発散することも出来ず、

感謝と幸せを唱え続け、

明るく笑い続けた数十年よりも
無表情な今の私は、ずっとずっと幸せ!と思う。

ルル
ルル
笑顔でも、心が泣いているより
キキ
キキ
無表情でも、心は笑っているほうがいい!