モラハラ加害者 自慢の妻のすべてを破壊し奪う意味

脱モラハラ心理構造,破壊

私は「破壊されなければいけない人間」ということ

私を評価している、という建て前で、
夫は他人に、私を自慢した。

くだらない年の差も自慢の一つ。

私を自慢しているのではない。
夫の持っているモノを自慢し、
それを持てる自分を自慢している。

他人から羨ましがられたい、その願望を満たす。

それで自分を肯定することができる。

特別な自分、立派な自分、
他人に評価されるべき自分。

相手と比較し、自分の方が優れているという
優越感で自分を肯定する。

自分の存在価値を肯定する。

だから、夫婦間になると比較の対象は私。

だから、夫の持っていないものを、
持っている私に嫉妬する。

だから、理由もなく憎悪が生まれる。
ただ湧いてくる、自然と湧いてくる憎悪。

私の夢も、私の考えも、私の自信も、
私の自己も、私の幸せも、すべてがその対象。

否定し、破壊し、奪う、必要があった。

夫自身を肯定するモノとして、
平和主義者の私は、選ばれていた。

私が破壊されていくと、夫は優越感を感じる。

自分の支配下に置いた、劣った妻と比較し、
優位に立ち、自分を肯定し、自分を守る。

自分を賞賛させ、自分に感謝させ…

空っぽの夫は、
私を空っぽにすることで、自分を満たす。

そんなふうにしか生きていけない。

それはモラハラ夫の心理構造ということ。

ルル
ルル
無意識レベルでやるんだよね…
キキ
キキ
意識してやったら「自分は酷い人間」になってしまうから。
ルル
ルル
あれだね…私が新米親になって頑張る姿にもイラついた…応援どころか否定して潰す…そういうことだったんだあ…
キキ
キキ
矛盾とか考えない、考える能力が無い。家族の幸せは、自分の幸せじゃないから!

モラ夫のお気に入りセリフ「愛しているよ」

無慈悲な言葉で怒鳴り散らした後でも、
平気で私に「愛しているよ」と言う夫。

この上ない屈辱、そこに私の人権は無い。

「私も愛しているよ」なんて言える道理がない。

「私は愛していない!」と、叫びたくても言えない。

ひきつった笑顔で受け流すしかない。



夫は他人にもそれを伝える。

妻を愛していると、大事な存在だと、言う。

他人は、それをほほえましく受け取る。
私は愛されて幸せだ、と言う。

夫の好感度は間違いなく上がり、

妻の立場にある人はもれなく、
夫に「いい人」レッテルをはる。

私は薄っすら笑うしかない。

モラ夫は愛も優しさも思いやりも知らない

愛している私に向ける無慈悲な目。
愛している私に放つ残酷な言葉。

愛されているはずの私が、
夫から感じるのは「違和感」と「恐怖」だけ。

冷淡で非情な「違和感」。

それは、ターゲットになった
私しか知りえないこと。

夫は他人を愛したことがあるのだろうか?

愛情とか優しさとか思いやりとか、
幸せ、とかも、
その意味が分かっているのだろうか?

自分のためのモノ、の私を
「愛している」と思い込む。

そして「愛すること」を強いる。
称賛を強いる。感謝を強いる。服従を強いる。

他人を犠牲にして自分を肯定し、
自分の存在価値を守っているだけ。

夫は知らない。哀れなほど、
愛も優しさも思いやりも幸せも、
夫は知らない。

見せかけのそれしか知らない。
薄っぺらいそれしか知らない。

ルル
ルル
本人はそれで幸せだから、良いのかあ(笑)
キキ
キキ
もう犠牲にならないっ!そんだけね。