今までの自己否定を考える(難病SLE入院 “夫のすべてを許す”という決意)

刻まれた記憶,脱モラハラ自己破壊

入院した私は病気に救われた、と思う

発病後も身体を労わることは無い。
労わることができない。
歩くこともままならなくなっている。
入院することになった。
腎臓の機能が落ちている。人工透析の話も聞かされた。

もう、ボロボロ。
検査と下がらない40度の熱の原因が不明。
入院数週間でステロイドの投与が始まる。
熱の原因が不明の見切り発車、と言われた。

ステロイドで日を追うごとに楽になり始める身体。

7歳になった娘のことを
心配してもどうすることも出来ない。
人工透析は避けたい、良くなりたい。
ゆっくりと身体を休めた。

夫は休みの日、見舞いに来る。
無言で険しい顔をしているから気を遣う。
「ありがとう、お疲れ様。」
ふぅーとため息もつくから、私は会話を探す。

「あの人の病気はね、、」と。
「人のことより自分のこと心配しろっ!」と、遮断される。

だから黙って時間が過ぎるのを待つ。
夫のため息を聞きながら待つ。

険しい顔と、ため息と、冷淡な声。
思い出して、再び傷つくのは嫌だ。

だから、そんなふうな印象を受けた自分を否定し、反省する。

険しく見えただけ、冷淡に聞こえただけ。

心配する気持ちからきているんだ。
夫は、そういう表現しか出来ないんだ。

先の不安があるのかも知れない。

私は入院して楽しているけど、
夫は不便な思いをしている、ため息も出る。

そう言い聞かせ、心の平穏を保った。

これから先のことを考えた

ぼーと、考えていた。

私は、病気に救われた。限界だった。

あの身体のだるさも、心の重さも、
病気のせいにしていいんだ。

私のせいじゃなかったんだ。

病気のせいにしていい、それが嬉しかった。

病気のおかげで、心も身体もゆっくり休めていた。

ステロイドは一生飲み続ける。
生きる為に必要らしい。

難病の病棟では未来が無いように思える。
直ぐに、“健康”への自信は無くなった。

他の患者さんと話しながら、
私の5年後、10年後、
もっと先の姿まで見ていた。

これで“離婚”の選択肢が無くなった…
ぼーと、考えていた。
もう少しだった…あと1、2年先だったら……

たらればの話は情けないから、
もう二度と、それは思わない。

“離婚”の選択肢が無くなり決意したこと

忘れよう、今ままでの全てを忘れて、許そう。
そして、
これからは全てを受け入れよう。
そして、受け入れて許そう。

それが出来たら私は“楽”になる。

“自分”を殺すことも無い。

ずっと心の奥底に居た、夫を許せず憎む“自分”、
その醜い“自分”は、また“私”を苦しめると思った。

“許すこと”、
それがこれからの私に与えられた、人生の課題なんだ。


選択肢の無くなった私には、それが、
これから“楽”に生きる為の唯一の方法だと、思えた。

ルル
ルル
“殺されている自分”を否定…つい最近までの私だけど。
キキ
キキ
心身に深い傷を負わすのは普通で、心身を破壊させるのがモラハラの恐ろしさ!!

7歳の娘が見舞いに来たときのこと。

「何の心配もせず、入院していられるのは、お父さんのおかげね。」と、言う私。

「何言ってるの?お父さんのせいで病気になったの!お父さんと結婚してなきゃ、お母さんは病気になっていない。」と、娘が悔しそうに言ったのを思い出している。

マインドコントロールされていない娘だから見えていたんだと、今思う。

ルル
ルル
あっ、今思うわ…あの子は物心ついた時からずっと…見えていたんだ、そっかあ、そういうことかあ…
キキ
キキ
見えていない母の盾になって、母をずっと守っていた!
ルル
ルル
前世で私の母だったんだろう、とか思っていた…違うわ…
キキ
キキ
これから格好いい親になる!なろう!(笑)
ルル
ルル
それ!とっくに諦めて、“優しい母”目指していたけど、“凛とした母”目指すわ!(笑)