生後9ヵ月の娘の人格、私の人格、私の人格を否定するモラハラ夫の人格

脱モラハラ人格

生後9ヵ月の娘の自我に気づかされたこと

活発にはいはいをしたり、つかまり立ちをしたり、
私の姿が見えないと泣いて、後追いしたり、の時期のこと。

洋服を着せようとすると嫌がって着ようとしない。
「このお洋服にしようか?これは?これは?」
どれを見せても手で振り払って着ようとしない。

何だろう?何を言わんとしているのかが分からない。

出産祝いで貰ったワンピースを見せた。

にっこり笑って喜んで着たのだ。

私の好みでひらひらした洋服も
かわいい色の服も着せたことない。
家にある、唯一のワンピースだった。

まだサイズが大きいし、季節も違うが、
初めての女の子らしいワンピース、写真に収めた。

少しづつ自我は芽生え始めていたし、
意思表示をするようになっていた、
が、それでも9カ月の赤ちゃんが
強く洋服の好みを自己主張したのには驚いた。

あー、そうかあ・・・
この子には、この子の自我がある。
私とは別の人間なんだ・・・

今までのように私の好みの洋服をずっと着るわけじゃない。

この子を生きがいにしちゃダメだ。
この子はこの子の人生を歩むんだ。


そう思った。

子育てを自分の癒しにし、子育てを自分の存在価値とした。

頭の片隅にある夢を諦めても、
この子を生きがいにして生きていける。と思っていた。

が、それは違う。

この子はこの子だ。
生きがいにされたんじゃ、この子の迷惑だ。

自分の子、と思っていたがそれも違う。
私が産んだ子で、私のモノじゃない。

子どもを産んで初めて、それに気づかされた日、
だから写真に収めた。

季節も違うし、大きいワンピースの肩は落ちているし、
私の好みじゃない色と形の服で写っている一枚の写真は、
娘の成長の証、私の気づきの証だ。

“空虚感”を夫は持っているのだろうか?

私は生後9ヵ月の娘を自分とは別の人間と認識。それが当然だ。

でも夫は、私の人格を否定し、自分のモノとして扱う。
感情も人格も無いモノのように扱う。

サンドバッグのように当たり散らし、
掃きだめのようにストレスを投げ捨て、

奴隷のように全的支配に従するようにマインドコントロールした。

私が自身を否定し、自分の存在価値を無くして生きるようにマインドコントロールした。

モラハラ加害者と被害者は、同じように“自分が無い”という。

私のように自分で抑圧した“自分”が、
夫自信のどこかにいるのだろうか?
夫は“自分が無い”まま、

“空虚感”を埋められないまま、
苦しんでいるのだろうか?

ルル
ルル
自分が在るとか、無いとか…普通の人は分かんないよね…
キキ
キキ
容赦なく精神を痛めつけ、人格を否定、洗脳はモラ夫の生きるための手段!本能!

“夫の人格”を考えてみる

モラハラ加害者と被害者の共通だという“空虚感”を考えたとき、
夫が苦しんでいるふうには、とても見えない。
私はそれにずっと苦められていたのに。

そして、テレビを観ている夫を眺めながら、
夫を気の毒に思う自分が、相変わらずいるのだ。

夫の何を気の毒に思っているんだろう?…

家族に愛想をつかされ…
でもやっぱ、気にも留めていなそうだし…

それをちゃんと考えて書いて、整理したかった。

生後9ヵ月の娘に自我があって人格を形成していく。
私は、自分の人格を自信で抑圧したことで苦しんだ。
私を虐待で洗脳した夫の人格は?

あっ、もともとの部分が無かったとしたら?

私は、9ヵ月の娘の自我を成長として喜んだ。
9ヵ月の赤ちゃんも別個の人間と認識した。
そして、娘の人格形成に責任を感じた。

まともな人格を形成できない環境で、成長したとしたら?

人格形成に大切な部分が欠如したまま、成長したとしたら?

私の“人格否定”ということと根本的に違う。同じ“虚無感”じゃない。

虚無感すら感じていないかも知れない。
あっ違うな、“虚無感”を感じていないなら、標的は必要ない。

そういうことかあ、
重要な根柢の部分が無いまま成長し、人格形成されていったんだ。

とすると、全てに納得がいく。

モラハラ加害者と認識する前から感じていたこと。
夫には何かが足りない。幼稚すぎる。娘が3歳のときより幼稚。漠然と脳内の病気、脳の発達部分で問題あり、と感じていた。きっとそういうことだと思う。

根柢の部分が欠如したまま成長、人格形成。
↓   ↑
冷淡で残酷で無慈悲な言動も可能。
↓   ↑
罪悪感なくやる。
↓   ↑
人の人格を容赦なく否定。
↓   ↑
“俺は人格者”と思い込む。
↓   ↑
生きてきた知識と知能で“人格者”になる 。
↓   ↑
でも揺るぎない“人格者”ではない。
↓   ↑
根柢の部分は欠如したまま。
↓   ↑
“自己肯定感を持つ人間”に憎悪が沸く。
↓   ↑
俺の“虚無感”、そこを埋める必要がある。
↓   ↑
“自己肯定感を持った人間”の人格を否定・支配の必要性。
↓   ↑
ターゲットは、モラルの強い人間。
↓   ↑
標的の人格を否定・支配することで優越感。
↓    ↑
自分を肯定。
↓   ↑
表面的に“俺は人格者”。
↓   ↑
自分も世間もそう思い込む。
↓   ↑
世間から見える部分が最も重要。

やっぱり夫は微塵も苦しんでいない。

人格形成に大切な心の根柢の部分。
“自分は愛されている”
“自分は必要な人間”
という、自己肯定感はもともと無い
はずだ。

親の仕打ち、夫の心理、過去に何度か聞かされていた。

何となく気の毒に思えていたのはそこだ、と思う。
が、私がそれを気の毒に思う必要は無い!はず。

私は、夫のために生まれてきたんじゃないからっ!

虚無感を埋めるために他人を踏み潰す。
そういう人格なんだ。体質なんだ。

そういう人間なんだ。

夫は微塵も苦しまず、
私が苦しめば苦しむほど、夫は満足していた、と思う 。

でも、もうおしまい!!

私は“自分が在る”存在だし、
“自分の意思”を持つ人格だし

犠牲にならないし!

私は私の人生を生きるし

頑張ろっ!!と、思う。

ルル
ルル
途中で考えるの止めてまとめたけど大丈夫? あっ、モラハラを二度とさせない!
キキ
キキ
きっと(笑)。モラハラ体質!そこ!!

些細なことだけど、昨夜のこと。

昨日、日帰りスキーに行って買ってきたお土産?を、夕食の後に一人で食べ始めた夫。

家庭内別居に近い今は、それも仕方ない。食べるか?は期待しない。

でも、冷蔵庫の中に残してある、と思っていた(笑)

朝、冷蔵庫を探したけど無い(笑)
夫は一人で、全部食べた。それも私の前で平然と悪びれずに(笑)

それができるのが夫だ。

冷蔵庫を探した自分が笑えた。 お土産じゃなかった、ってことで。(笑)

「食べたかったよ。」と言うと、きっと返事はこうだ。
「食べたかったら、そんとき言えばいいだろう。」

その通り、間違ってはいないけど…って、やつ。
言わなかったお前が悪い、ってやつ。
いつもの些細な、モラ夫らしい一幕。

ルル
ルル
先に食べ始める夫に、「私も食べるから残しておいてね。」って言わなければ、食べられちゃうってやつ(笑)
キキ
キキ
「パパが私のお菓子食べたー」って3歳の娘が言ったら、「食いもんでゴチャゴチャ言ってんじゃねー!」って。怒鳴ってたやつ(笑)
ルル
ルル
寝転がってお菓子をつまみながら、「食べる時は行儀よくしろっ!」って息子に注意する。ってやつ(笑)
キキ
キキ
「お父さんも行儀わるいじゃん。」って口答えすると、「親の悪いとこは真似しないんでいいんだっ!」って怒鳴るやつ(笑)
ルル
ルル
3歳の娘に「モノで叩いちゃダメだよっ」って、リモコンで頭を叩いて教える。ってやつ(笑)
キキ
キキ
間違ってるわっ!!!